父親が熱心なテニス愛好家だったので、中学に入ると僕はセミプロのレッスンに連れていかれました。テニスは好きだったけど、レッスンはただつらいだけ。上達している気もしません。わかったことはコーチがうまいこと、すなわち「テニス道」の先輩であることだけでした。
でも、高校に入ったときレッスンが腑に落ちる瞬間が訪れます。「あの人が言っていたことはこれだったんだ!!」。コーチが実際に教えたかったことと同じかどうか、今となってはわかりません。ただ、そのとき先輩は「師」になりました。
「教え」とは師から弟子へのサービスではありません。時間が経って芽吹くときもあれば、芽吹かない時もあります。重要なことは、師が「道の先」、つまり「自分が知らないことを知っている」と愛をもって弟子に思いこませることです。「背中を見せる」とはそういうことです。それだけで「教え」は発動するのです。
次回2月14日バレンタインデーのテーマは「愛のレッスン」です。
豊平豪 2014年1月
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