伴侶としての「家族」

6月の西川さんの話に「入居者のことを知るためには家族のことも知っといた方がよい」という件がありました。

人ひとりを「知る」のは途方もない作業です。会話を通じて相手を知ろうとしても自分がおしゃべりでないと難しいし、相手が無口だったり話せない場合はなおさら困難です。ことば以外の表情なんかで知ろうとしても常識フィルターが発動し、自身にとっての典型的な他者像に相手を押し込めていきます。そんなとき「家族」に注目すれば新しいイメージが手に入るかもしれません。

唐突ですが、思想家のダナ・ハラウェイさんは犬を人間の「伴侶種(はんりょしゅ)」と呼びます。「伴侶」とは「つれ合い」のこと。最も古くから人間につれ合っている動物は犬。人間を知るために犬を、犬を知るためには人間を知る必要があるという話なんですが、考えてみれば我々には配偶者以前に「家族」が人生につれ合っている。人を知るためにその家族も知る必要があるのかもしれません。


豊平豪 2019年7月

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