歩いてみると

いま、ぼくは小豆島に来ている。大型フェリーの乗客は数名だった。島八十八ケ所を歩いて、尾崎放哉(おざき・ほうさい)という俳人の本を書くつもりだ。

遍路姿にリュックを背負って歩く。たった一人で、海沿いの道を強風に吹かれて歩いた。だれとも会わない山路で、息を切らせて幾度となく立ちどまった。訪れた寺や庵にも人影は少ない。暗くなって宿に向かう下り坂で雪が舞い降りる。淋しさが冷たい風と一緒にしみこんでくる。「同行二人」の金剛杖が、頼りない足を支えてくれる。足を引きずり、うつむき歩いていた顔を、山の方に向けると、遠くの畑のなかに、かがんでいる人の姿があった。ああ、お婆ちゃんだな、と思った。が、別の光景が、畑の人影に重なるように浮かびはじめた。幼子を背負っている働き盛りの女性、走り回る幼い少女…。ぼくが知る由もない老婆の過去が光を放っている。

一日、歩き続けた足だけが、歩き続けてきた道を知っている。ふと、そうつぶやいた。

西川勝 2013年2月

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