お待ちどうさま

 小説『走れメロス』を書いた太宰治に、「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」という言葉がある。借金の形に友人を宿に置き去りにしたときだ。

 ぼくはせっかちで、店などで「少々、お待ちください」と返答されると、向かっ腹がたつ。なんで客に命令するんだ。たとえ丁寧な物腰であろうとも慇懃無礼なのだ。そもそも、人の物を頼んでも魔法のように、すぐさまかなうはずはない。はなから待つつもりで頼んでいるのに、お待ちくださいと言われて待ったのならば、待つ甲斐がない。

 「はい、ただいま、すぐに」と応えてくれれば、気持ちよく待てる。そして少々遅れても「お待たせしました」と言葉を添えてくれれば、短気な自分も気が休まるのだ。と、ここまで書いてナースだったころの自分を思い出すと顔から火がでる。相手を待たせる辛さに耐えられず、言い訳のように口にした言葉の数々。「お待ちどうさまでした」をしっかり身につけた人と会うと憧れてしまう自分がいる。

西川勝 2017年6月

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