春が来た

 引き出しの中に古い絵はがきがある。もう40年以上昔に倉敷の大原美術館で買い求めたものである。普段は思いだすこともないが、なんど引っ越ししても離れることなく僕のそばにある。セガンティーニの「アルプスの真昼」はお気に入りの絵だ。

 3月に入ってすぐ、友人に会うために倉敷に行くことになった。ぼくは久しぶりに大原美術館を訪れることにした。小雨の降る日だった。雨に冷たさはなく、春の近づいていることが感じられる。セガンティーニはまぶしいほどの明るさでぼくを迎えてくれた。若い頃の自分が突然に蘇る。来てよかったと思った。

 本館の後、工芸館にはいった。ここには寄木細工の床のある部屋がある。歩くとかわいい音がする。全く覚えていなかったのに、足下から記憶が帰ってきた。寒い冬のあいだ遠い感じのしていた春が、花のつぼみと一緒に戻ってきたようだ。歳を重ねると、思わぬ事に懐かしさが重なる。春はそれを教えにやって来る。


西川勝 2019年3月

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